2006年02月28日

「マクベス」りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ 再度観劇 1

先週観劇した千秋楽の感想。メモ程度は作っていたのですが、なかなか纏まらず、こんな時期になってしまいました。でも書きたいから書きます。

千秋楽も本当にうっとりするような芝居でした。幕開け、暗くなった舞台・聞こえていくるSE、そこに現れる魔女たち。繰り広げられる物語。
最後、橋掛かりをゆっくりと歩むマクベスとマクベス夫人。ずっと張り詰めていた緊張感。紫さん演じるヘカテが、消え行く二人を見守る。暗くなる舞台。
濃厚な時間でした。久し振りに手が痛くなる程、拍手をしました。

前回も書きましたが、能楽堂のような、「何も無い舞台」で、ここまでメリハリのきいた、濃い舞台を創り出した、演出の素晴らしさ!
前回観劇時に早速松岡訳版を購入、まずは原型となる戯曲には、登場人物が実はこんないたんだよな、という事実を再確認。
少人数で見事『マクベス』の世界を魅せる。その演出の重要なキーワードになっているのが、「魔女たち」。特別な装置も仕掛けも無い舞台で、重要な位置を占める「魔女たち」。
日本人形のような可愛らしい少女。ぜんまい仕掛けの動き、綺麗な歌声。この物語の第一声は彼女たちの台詞から。
見れば、見るほど、この舞台における、彼女たちの役割の重要さを思い知る。

結局、マクベス夫妻を支配しているのは、魔女たちなのだ。

松岡さんの訳本には、解説で「We」を使っている点に言及していた。マクベス夫人には名前はない。「マクベスの夫人」である。
共依存という言葉をここで使うのは正しいのでしょうか?私の頭に浮かんだのは、この言葉でした。
表裏一体の二人。眠りを殺したのも、結局は二人で。だからこそ二幕でマクベス夫人は、夢遊病になるのだなぁ、と。
マクベス夫人が死んだとき、マクベスの運命も破滅に向かっていくのだ。
二人の関係が濃厚な舞台だったからこそ、最後が「道行」なのかもしれない。

決してただの悪女ではないマクベス夫人。演出の解釈が、ひとつひとつ腑に落ちました。
posted by 花梨 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居・一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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