2005年09月03日

歌舞伎と演出

またしても新感線ブログになってきた。古田新太の太ももの色気にやられたらしい。
なので先月からまだもやもやしている、歌舞伎の演出について、今感じている疑問を書いてみる。

ところで下記の記事で『新感線は「ちょっと歌舞伎風味?」の入れ方が上手い』と書いたが、97年の『髑髏城の七人』以前には余り感じたことは無かったかも。

パンフを色々引っ張り出したので、串田さんの自由劇場のパンフも探してみた。自分は90年代、コクーンに移ってから『上海バンスキング』等数本をみただけなので、串田さんが昔どういう演出をしていた人か全然知らない。
その程度の知識なのだが、歌舞伎ティストをその演出作品から感じたことは実は無かった。
だからコクーン歌舞伎がはじまった時は意外でした。(コクーンの芸術監督をやられていたとはいえ。)

蜷川さんはもう私が演劇に興味を持ちはじめた頃は著名な演出家で、私も有名な『近松心中物語』(もちろん平&大地版)等見ているが、蜷川さんの演出は常々歌舞伎ティストを凄く感じていた。

『盟三五大切』の降りしきる雨、とか、『夏祭浪花鑑』で劇場のうしろをあけたり、とか、平成中村座とか、かなりびっくりした。昔のテント芝居的。中村座で背景のテントが開き、岩藤がクレーン?みたいなものに乗って登場した時は、「ここは花園神社か〜?」と、その昔みた、唐十郎の紅テントを思い出した。
私がかってみた串田さんの演出の芝居とは、全然違っていた。

あえて歌舞伎の演出を行うのに、昔のテント芝居のような手法を使ってるのだろうか?
この辺り言及している劇評や、ブログを現在探し中。知っている方、教えてください。


posted by 花梨 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝居・古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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