2005年08月29日

納涼歌舞伎第三部『法界坊』 補足

「歌舞伎とは瑞々しいエネルギーの燃焼」といったのは猿之助さん。
野田・蜷川・串田と続いた外部演出家のタッグ、それなりにおもしろかったが、舞・から発せられるエネルギーは残念ながら物足りなかった。

『法界坊』の中村座版は未見である。とはいえ中村座には行ったことがあるので、確かにあの空間で観劇したら楽しいだろうな〜と思った。
劇場だけじゃない、劇場の外も、異空間。
コクーンもそう。劇場に入るとロビーからして異空間。客席の椅子も取っ払う。そこを役者が縦横無尽。

それをそのまま歌舞伎座に持ってきた。

客席を多用すると、まず単純に見えない。二階ですら見えない。二階も一等料金なんですけど…。

私は歌舞伎の良さは「安い席で見ても楽しめる」ことだと思う。もちろん前の席で見る方が良いに決まっているが、これが他のジャンルの芝居は、後ろにいくと歌舞伎に比べかなりがっかり度が強くなる。

串田さんは劇空間の使い方の上手い演出家だと思う。
今年2月の『コーカサスの白墨の輪』では、劇場の案内の方々にまで衣装を着せ、世田谷パブリックシアターを円形劇場にし、幕間には私たち客はグルジアワインを一部出演者と飲んだのだ。(芝居そのものよりも、こういう付随したイベントの方が楽しかった(苦笑))

その空間の使い方の上手さが、『歌舞伎座という空間』では生きてこない。歌舞伎座はそれほど特殊な場所なのだろうか?

『法界坊』は楽しい芝居だったけど、どこかに引っかかりを感じた。

少しだけ追記
posted by 花梨 at 00:17| Comment(4) | TrackBack(0) | 芝居・古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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